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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 さて一方は長者園の渚へは、浦の波が、静《しずか》に展《ひら》いて、忙《せわ》しくしかも長閑に、鶏の羽たたく音がするのに、唯切立《きった》ての巌一枚、一方は太平洋の大濤《おおなみ》が、牛の吼ゆるが如き声して、緩かにしかも凄じく、うう、おお、と呻って、三崎街道の外浜に大畝りを打つのである。
 右から左へ、僅に瞳を動かすさえ、杜若咲く八ツ橋と、月の武蔵野ほどに趣が激変して、浦には帆の鴎が舞い、沖を黒煙の竜が奔る。
 これだけでも眩くばかりなるに、踏む足許は、岩のその剣の刃を渡るよう。取縋る松の枝の、海を分けて、種々《いろいろ》の波の調べの懸るのも、人が縋れば根が揺れて、攀上った喘ぎも留まぬに、汗を冷《つめと》うする風が絶えぬ。

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