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 『星あかり』 泉鏡花を読む

 と思ふ内に、車は自分の前、ものゝ二三間隔たる処から、左の山道の方へ曲つた。雪の下へ行くには、来て、自分と摺れ違つて後方へ通り抜けねばならないのに、と怪みながら見ると、ぼやけた色で、夜の色よりも少し白く見えた車も、人も、山道の半あたりで、ツイ目のさきにあるやうな、大きな、鮮な形で、ありのまゝ衝と消えた。
 今は最う、さつきから荷車が唯辷つてあるいて、少しも轣轆の音の聞えなかつたことも念頭に置かないで、早く此の懊悩を洗ひ流さうと、一直線に、夜明に間もないと考へたから、人憚らず足早に進むだ。荒物屋の軒下の薄暗い処に、斑犬が一頭、うしろ向に長く伸びて寝て居たばかり、事なく出たのは浜、由比ヶ浜である。

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