検索結果詳細


 『婦系図』 青空文庫

 と手紙を見い見い忙《せわ》しそうに云う。いかにもここで膳を出したはじめには、小児《こども》が二人とも母様《かあさん》にこびりついて、坊やなんざ、武者振つく勢《いきおい》。目の見えない娘《こ》は、寂しそうに坐ったきりで、しきりに、夫人の膝から帯をかけて両手で撫でるし、坊やは肩から負われかかって、背けるへ頬を押着《おッつ》け、躱《かわ》すの耳許《みみもと》へかじりつくばかりの甘え方。見るまにぱらぱらに鬢が乱れて、面影も痩せたように、口のあたりまで振かかるのを掻《か》い払うその白やかな手が、空を掴んで悶えるようで、(乳母《ばあや》来ておくれ。)と云った声が悲鳴のように聞えた。乳母が、(まあ、何でござります、嬢ちゃまも、坊っちゃまも、お客様の前で、)と主税の方を向いたばかりで、いつも嬢さまかぶれの、眠ったような俯目《ふしめ》の、を見ようとしないので、元気なく微笑みながら、娘の児の手を曳《ひ》くと、厭々それは離れたが、坊やが何と云っても肯《き》かなくって、果は泣出して乱暴するので、時の間も座を惜しそうな夫人が、寝かしつけに行ったのである。

 2607/3954 2608/3954 2609/3954


  [Index]