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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 で、その画師さんが、不意に、大蒜屋敷に飛込んで参つたのは、碌に旅費も持たずに、東京から遁出して来たのださうで。……と申しますのは――早い話が、細君がありながら、よそに深い馴染が出来ました。……それがために、首尾も義理も世の中は、さんざんで、思余つて細君が意見をなすつたのを、何を! と言つて、一つ横頬を撲はしたはいゝが、御先祖、お両親の位牌にも、くらはされて然るべきは自分の方で、仏壇のある我家には居たゝまらないために、其の場から門を駈出したは出たとして、知合にも友だちにも、女房に意見をされるほどの始末で見れば、行処がなかつたので、一夜しのぎに、此の木曽谷まで遁込んだのださうでございます。遁げましたなあ、……それに、その細君と言ふのが、はじめ画師さんには恋人で、晴れて夫婦に成るのには、此の学士先生が大層なおほね折で、そのお庇で思が叶つたと申したやうなわけださうで、……遁込み場所には屈竟なのでございました。

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