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 『婦系図』 青空文庫

 膳は片附いて、火鉢の火の白いのが果敢ないほど、夜も更けて、寂《しん》と寒くなったが、話に実が入《い》ったのと、もう寝よう、もう寝ようで炭も継がず。それでも火の気が便りだから、横坐りに、褄を引合せて肩で押して、灰の中へ露《あら》わな肱も落ちるまで、火鉢の縁《ふち》に凭《もた》れかかって、小豆《あずき》ほどな火を拾う。……湯上りの上、昼間歩行《ある》き廻った疲れが出た菅子は、髪も衣紋も、帯も姿も萎《な》えたようで、顔だけは、ほんのりした――麦酒《ビイル》は苦くて嫌い、と葡萄酒を硝子杯《コップ》に二ツばかりの――酔《えい》さえ醒めず、黒目は大きく睫毛が開いて、艶やかに湿《うるお》って、唇のが濡れ輝く。手足は冷えたろうと思うまで、頭《かしら》に気が籠った様子で、相互《たがい》の話を留《や》めないのを、余り晩《おそ》くなっては、また御家来衆《しゅ》が、変にでも思うと不可《いけ》ませんから、とそれこそ、人に聞えたら変に思われそうな事を、早瀬が云って、それでも夫人のまだ話し飽かないのを、幾度促しても肯入《ききい》れなかったが……火鉢で隔てて、柔かく乗出していた肩の、衣《きぬ》の裏がするりと辷った時、薄寒そうに、がっくりと頷くと見ると、早急《さっきゅう》にフイと立つ……。

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