検索結果詳細


 『婦系図』 青空文庫

 義理から別離《わかれ》話になると、お蔦は、しかし二度芸者《つとめ》をする気は無いから、幸いめ組の惣助《そうすけ》の女房は、島田が名人の女髪結。柳橋は廻り場で、自分も結って貰って懇意だし、め組とはまたああいう中で、打明話が出来るから、いっそその弟子になって髪結で身を立てる。商売をひいてからは、いつも独りで束ねるが、銀杏返しなら不自由はなし、雛妓《おしゃく》の桃割ぐらいは慰みに結ってやって、お世辞にも誉められた覚えがある。出来ないことはありますまい、親もなし、兄弟もなし、行く処と云えば元の柳橋の主人の内、それよりは肴屋へ内弟子に入って当分梳手《すきて》を手伝いましょう。……何も心まかせ、とそれに極まった。この事は、酒井先生も御承知で、内証《ないしょう》で飯田町の二階で、直々《じきじき》に、お蔦に逢って下すって、その志の殊勝なのに、つくづく頷いて、手ずから、小遣など、いろいろ心着《こころづけ》があった、と云う。
 それぎり、も見ないで、静岡へ引込《ひっこ》むつもりだったが、め組の惣助の計らいで、不意に汽車の中で逢って、横浜まで送る、と云うのであった。ところが終列車で、浜が留まりだったから、旅籠も人目を憚って、場末の野毛の目立たない内へ一晩泊った。

 2679/3954 2680/3954 2681/3954


  [Index]