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 『婦系図』 青空文庫

 菫が咲いて蝶の舞う、人の世の春のかかる折から、こんな処には、いつでもこの一条が落ちている、名づけて縁《えにし》の糸と云う。禁断の智慧《ちえ》の果実《このみ》と斉《ひと》しく、今も神の試みで、棄てて手に取らぬ者は神の児となるし、取って繋ぐものは悪魔の眷属《けんぞく》となり、畜生の浅猿《あさま》しさとなる。これを夢みれば蝶となり、慕えば花となり、解けば美しき霞となり、結べば恐しき蛇となる。
 いかに、この時。
 隔ての襖が、より多く開いた。見る見る朱《あか》き蛇《くちなわ》は、その燃ゆる色に黄金の鱗の絞を立てて、菫の花を掻潜《かいくぐ》った尾に、主税の手首を巻きながら、頭《かしら》に婦人の乳の下を紅見せて噛んでいた。

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