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 『薬草取』 青空文庫

 と男を頼るように言われたけれども、高坂はかえって唯々《いい》として、あたかも神に事《つか》うるが如く、左に菊を折り、右に牡丹《ぼたん》を折り、前に桔梗《ききょう》を摘み、後《うしろ》に朝顔を手繰《たぐ》って、再び、鈴見《すずみ》の橋、鳴子《なるこ》の渡《わたし》、畷《なわて》の夕立、黒婆《くろばば》の生豆腐《なまどうふ》、白姥《しろうば》の焼茄子《やきなすび》、牛車《うしぐるま》の天女、湯宿《ゆやど》の月、山路《やまじ》の利鎌《とがま》、賊の住家《すみか》、戸室口《とむろぐち》の別《わかれ》を繰返して語りつつ、やがて一巡した時、花籠は美しく満たされたのである。
 すると籠は、花ながら花の中に埋《う》もれて消えた。
 月影が射したから、伏拝《ふしおが》んで、心を籠《こ》めて、透《す》かし透かし見たけれども、〓《みまわ》したけれども、見遣《みや》ったけれども、ものの薫《かおり》に形あって仄《ほのか》に幻《まぼろし》かと見ゆるばかり、雲も雪も紫も偏《ひとえ》に夜の色に紛《まぎ》るるのみ。

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