検索結果詳細


 『海神別荘』 華・成田屋

女  貴方。(向直る。声に力を帯ぶ)私は始めから、決して歎いてはいないのです。父は悲しみました。浦人は可哀(あわれ)がりました。ですが私は――約束に応じて宝を与え、その約束を責めて女を取る、――それが夢なれば、船に乗っても沈みはしまい。もし事実として、浪に引入るるものがあれば、それは生(しょう)あるもの、形あるもの、云うまでもありません、心あり魂あり、声あるものに違いない。その上、威あり力があり、栄(さかえ)と光とあるものに違いないと思いました。ですから、人はそうして歎いても、私は小船で流されますのを、さまで慌騒(あわてさわ)ぎも、泣悲しみ、落着過ぎもしなかったんです。もしか、船が沈まなければ無事なんです。生命(いのち)はあるんですもの。覆す手があれば、それは活きている手なんです。その手に縋って、海の中に活きられると思ったのです。

 276/369 277/369 278/369


  [Index]