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 『人魚の祠』 青空文庫

 此の媚《なま》めいた胸のぬしは、顔立ちも際立つてしかつた。鼻筋の象牙彫のやうにつんとしたのが難を言へば強過ぎる……かはりには目を恍惚《うつとり》と、何か物思ふ体《てい》に仰向いた、細面《ほそおも》が引緊つて、口許《くちもと》とともに人品を崩さないで且つ威がある……其の顔だちが帯よりも、きりゝと細腰を緊めて居た。面《おもて》で緊《し》めた姿である。皓歯《しらは》の一つも莞爾《につこり》と綻《ほころ》びたら、はらりと解けて、帯も浴衣も其のまゝ消えて、膚の白い色が颯《さつ》と簇《むらが》つて咲かう。霞は花を包むと云ふが、此の婦《をんな》は花が霞を包むのである。膚《はだへ》が衣《きぬ》を消すばかり、其の浴衣の青いのにも、胸襟《むねえり》のほのめく色はうつろはぬ、然《しか》も湯上りかと思ふ温さを全身に漲《みなぎ》らして、髪の艶さへ滴るばかり濡々《ぬれ/\》として、其がそよいで、硝子窓の風に額に絡《まつ》はる、汗ばんでさへ居たらしい。

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