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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 今病人に指さゝれし時、件の男は蒼くなりて恐しげに戦慄《わなゝ》きたり。泰助などて見遁すべき。肚《はら》の中《うち》に。ト思案して、「早く、お退《の》きなさい。お前方の入つて来る処ではありません。と極《き》めつけられて悄気かへり、「あゝ呼吸《いき》を引取ましたかい。可愛や/\、袖振合ふも他生の縁とやら、お念仏申しましよ。と殊勝らしく眼を擦りめて徐《やお》ら病院を退出《まかんで》ぬ。泰助は医師に向ひ、「下手人がしらばくれて、(死)をたしかめに来たものらしい。態《わざ》と化《ばか》されて、怪《あやし》まぬやうに見せて、反対《あべこべ》に化《ばか》して遣つた。油断するに相違《ちがひ》無い。「いかさま怪しからん人体でした。あのまゝ見遁して置くお所存《つもり》ですか、「なあに之から彼奴《あいつ》を突止めるのです。此病人は及ばぬまでも手当を厚くして下さい。誠に可哀相な者ですから。「何か面白い談話《はなし》がありましたらう。「些少《ちつと》も愉快《おもしろ》くはありませんでした、が此から面白くなるだらうと思ふのです。追々お談話《はなし》申しませう。と帽子を取つて目深《まぶか》に被《かぶ》り、戸外《おもて》へ出づれば彼男《かのをとこ》は、何方《いづれ》へ行きけむ影も無し。脱心《ぬかり》たりと心急《こころせき》立ち、本郷の通へ駈け出でて、東西を見渡せば、一町ばかり前《さき》に立ちて、日蔭を明神坂の方へ、急ぎ足に歩み行く後姿《うしろつき》は其者なれば、遠く離れて見失はじと、裏長屋の近道を潜りて、間近く彼奴《かやつ》の後に出でつ。まづ是で可しと汗を容れて心静かに後を跟《つ》けて、神田小柳町のとある旅店へ、入りたるを突止めたり。

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