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 『婦系図』 青空文庫

 とお妙が顔を赤うして云う。新聞に書いたのは(AB《アアベエ》横町。)と云う標題《みだし》で、西の草深のはずれ、浅間に寄った、もう郡部になろうとするとある小路を、近頃渾名《あだな》してAB横町と称《とな》える。すでに阿部郡《ごおり》であるのだから語呂が合い過ぎるけれども、これは独語学者早瀬主税氏が、ここに私塾を開いて、朝からその声の絶間のない処から、学生が戯《たわむれ》にしか名づけたのが、一般に拡まって、豆腐屋までがAB横町と呼んで、土地の名物である。名物と云えば、も一ツその早瀬塾の若いもので、これが煮焼《にたき》、拭掃除、万端世話をするのであるが、通例なら学僕と云う処、粋《いなせ》な兄哥《あにい》で、鼻唄を唱《うた》えばと云っても学問をするのでない。以前早瀬氏が東京で或《ある》学校に講師だった、そこで知己《ちかづき》の小使が、便って来たものだそうだが、俳優《やくしゃ》の声色が上手で落語も行《や》る。時々(いらっしゃい、)と怒鳴って、下足に札を通して通学生を驚かす、とんだ愛敬もので、小使さん、小使さんと、有名な島山夫人をはじめ、近頃流行のようになって、独逸語をその横町に学ぶ貴婦人連が、大分御贔屓である、と云う雑報の意味であった。

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