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 『絵本の春』 青空文庫

 つい、(乙)の字なりに畝《うね》った小路の、大川へ出口の小さな二階家に、独身で住《すま》って、門《かど》に周易の看板を出している、小母さんが既に魔に近い。婦《おんな》でト筮《うらない》をするのが怪しいのではない。小僧は、もの心ついた四つ五つ時分から、親たちに聞いて知っている。大女の小母さんは、娘の時に一度んで、通夜の三日の真夜中に蘇生《よみがえ》った。その時分から酒を飲んだから酔って転寝《うたたね》でもした気でいたろう。力はあるし、棺桶《かんおけ》をめりめりと鳴らした。それが高島田だったというからなお稀有《けぶ》である。地獄も見て来たよ――極楽は、お手のものだ、とト筮《うらない》ごときは掌《たなごころ》である。且つ寺子屋仕込みで、本が読める。五経、文選《もんぜん》すらすらで、書がまた好《よ》い。一度冥途《めいど》を〓〓《さまよ》ってからは、仏教に親《したし》んで参禅もしたと聞く。――小母さんは寺子屋時代から、小僧の父親とは手習傍輩《てならいほうばい》で、そう毎々でもないが、時々は往来《ゆきき》をする。何ぞの用で、小僧も使いに遣《や》られて、煎餅《せんべい》も貰《もら》えば、小母さんの易をト《み》る七星を刺繍《ししゅう》した黒い幕を張った部屋も知っている、その往戻《ゆきもど》りから、フトこのかくれた小路をも覚えたのであった。

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