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 『義血侠血』 青空文庫

 深沈なる馭者の魂も、このとき跳るばかりに動《ゆらめ》きぬ。渠は驚くよりむしろ呆れたり。呆るるよりむしろ慄きたるなり。渠は色を変えて、この美しき魔性のものを睨《ね》めたりけり。さきに半円の酒銭《さかて》を投じて、他の一銭よりも吝《お》しまざりしこの美人の胆《たん》は、拾人の乗り合いをしてそぞろに寒心せしめたりき。銀貨一片に〓目《とうもく》せし乗り合いよ、君らをして今夜天神橋上の壮語を聞かしめなば、肝胆たちまち破れて、血は耳に迸出《ほとばし》らん。花顔柳腰の人、そもそもなんじは狐狸か、変化か、魔性か。おそらくは〓脂《えんし》の怪物なるべし。またこれ一種の魔性たる馭者だも驚きかつ慄けり。
 馭者は人の意《こころ》をその面に読まんとしたりしが、能わずしてついに呻き出だせり。
「なんだって?」

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