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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 「お前、御苦労であつた。これで家へ帰つても枕を高うして寐られるといふものだ。「旦那もう帰国《けえり》ますか。此二人は主従と見えたり。「如此《あゝ》して了《しま》へば東京に用事は無いのだ。今日の終汽車《しまひぎしや》で帰国《かへる》としようよ。「其が宜うございませう。而《さう》して御約束の御褒美は。「家へ行つてから与《や》る。「間違ませんか。「大丈夫だ。「屹度でせうね。「えゝ、執拗《しつツこい》な。「有難《ありがて》え、と無法に大きな声をするにぞ、主人は叱りて、「馬鹿め、人が聞かあ。後は何を囁くか小声にて些少《ちつとも》聞えず。小時《しばらく》して一人其室《そのま》を立出で、泰助の潜《ひそ》みたる、四番室《よばん》の前を通り行くを、戸の隙間より覗き見るに、巌格《いかめし》き紳士にて、年の頃は四十八九、五十にもならむずらむ。色浅黒く、武者髯《むしやひげ》濃く、いかさま悪事は仕兼《しかね》まじき人物にて、扮装《いでたち》は絹布《おかひこ》ぐるみ、時計の金鎖胸にきら/\、赤城といふは此者ならむと泰助は帳場に行きて、宿帳を検すれば、明かに赤城得三とありけり。(度胸の据つた悪党だ、)と泰助は心に思ひつ。

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