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 『婦系図』 青空文庫

 馬丁はしていたが、貞造はしかるべき禄を食《は》んだ旧藩の御馬廻の忰で、若気の至りじゃあるし、附合うものが附合うものですから、御主人の奥様《おくさん》と出来たのを、嬉しい紛れ、鼻で指をさして、つい酒の上じゃ惚気《のろけ》を云った事もあるそうですが、根が悪人ではないのですから、児をなくすという恐《おそろし》い相談に震い上って、その位なら、御身分をお棄てなすって、一所に遁げておくんなさい。お肯入《ききい》れ無く、思切った業《わざ》をなさりゃ、表向きに坐込む、と変った言種《いいぐさ》をしたために、奥さんも思案に余って、気を揉んでいなすった処へ、思いの外用事が早く片附いて、英臣さんが凱旋《がいせん》でしょう。腹帯にはちっと間が在ったもんだから、それなりに日が経って、貴女は九月児《ここのつきご》でお在《いで》なさる。
 が、世間じゃ、ああ、よくお育ちなすった、河野さんは、お家が医者だから。……そうでないと、大抵九月児は育たんものだと申します。また旧弊な連中《れんじゅう》は、戦争で人が多くんだから、生れるのが早い、と云ったそうです。

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