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 『天守物語』 泉鏡花を読む

図書 御天守の三階《さんがい》中壇《ちゅうだん》まで戻りますと、鳶ばかり大《おほき》さの、野衾《のぶすま》かと存じます、大蝙蝠《かうもり》の黒い翼に、燈を煽ぎ消されまして、いかにとも、進退度を失ひましたにより、灯を頂きに参りました。
夫人 たゞそれだけの事に。……二度とおいででないと申した、私の言葉を忘れましたか。
図書 針ばかりの片割月《かたわれづき》の影もさゝず、下に向へば真の暗黒《やみ》。男が、足を踏みはづし、壇を転《ころ》がり落ちまして、不具《かたは》になどなりましては、生効《いきがひ》もないと存じます。上を見れば五重の此処より、幽にお燈《あかり》がさしました。お咎めを以つて生命をめされうとも、男といたし、階子《はしご》から落ちて怪我《けが》をするよりはと存じ、御戒《おんいましめ》をも憚《はばか》らず推参いたしてございます。

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