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 『夜叉ヶ池』 青空文庫

鯰入 いやいや、急に文箱《ふばこ》の重いにつけて、ふと思い出いた私《わし》が身の罪科がござる。さて、言い兼ねましたが打開けて恥を申そう。(と頸《うなじ》をすくめて、頭を撫《な》で)……近頃、此方衆《こなたしゅう》の前ながら、館《やかた》、剣ヶ峰千蛇ヶ池へ――熊に乗って、黒髪を洗いに来た山女の年増《としま》がござった。裸身《はだかみ》の色の白さに、つい、とろとろとなって、面目なや、ぬらり、くらりと鰭を滑らかいてまつわりましたが、フトお目触《めざわ》りとなって、われら若君、もっての外の御機嫌じゃ。――処をこの度の文づかい、泥に潜った閉門中、ただおおせつけの嬉しさに、うかうかと出て参ったが、心付けば、早や鰭の下がくすぽったい。(とまた震う。)
蟹五郎 かッ、かッ、かッ、(と笑い)御坊、おまめです。あやかりたい。
鯰入 笑われますか、情《なさけ》ない。生命《いのち》とまでは無うても、鰭、尾を放て、髯《ひげ》を抜け、とほどには、おふみに遊ばされたに相違はござるまい。……これは一期《いちご》じゃ、何としょう。(と寂しく泣く。)

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