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『日本橋』 青空文庫
もっとも中頃、火取虫が赤いほど御神燈に羽たたきして、しきりに蛞蝓が敷居を這う、と云う頃から、傍では少なからず気にしたものの、年月過ぎたことでもあり、世間一体不景気なり、稲葉家などは揚りのいい方、取り立てて言出して、気にさせても詮ない事と、土地で故顔のお茶屋の女中、仕上げて隠居分の箱屋なども、打出しては言わなかった。
かえって河岸の客などに、場所も所説もよく知って、――中には見たのが有ると云う――酒の座敷で威かし半分、
「帰りに摺違うよ、露地口で。」
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