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 『天守物語』 泉鏡花を読む

夫人 鷹は第一、誰のものだと思ひます。鷹には鷹の世界がある。露霜《つゆしも》の清い林、朝嵐《あさあらし》夕風の爽かな空があります。決して人間の持ちものではありません。諸侯《だいみやう》なんどと云ふものが、思上《おもひあが》つた行過《ゆきす》ぎな、あの、鷹を、唯一人じめに自分のものと、つけ上りがして居ます。あなたは然《さ》うは思ひませんか。
図書 (沈思す、間)しく、気高い、そして計り知られぬ威のある、姫君。――貴方にはお答が出来かねます。
夫人 否《いえ》、否《いえ》、かどだてて言籠《いひこ》めるのではありません。私の申すことが、少しなりともお分りになりましたら、あの其の筋道の分らない二三の丸、本丸、太閤丸、廓内《くるわうち》、御家中《ごかちう》の世間へなど、もうお帰りなさいますな。白銀《しろがね》、黄金《こがね》、球、珊瑚、千石万石の知行より、私が身を捧げます。腹を切らせる殿様のかはりに、私の心を差上げます。私の生命を上げませう。あなたお帰りなさいますな。

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