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 『婦系図』 青空文庫

 どうせそこに待っていて、一所に二階を下りるのではない――要するに、遠くから、早瀬の室を窺う間が長くなったのである、と言いかえれば言うのである。
 で、今夜もまた、早瀬の病室の前で、道子に別れた二人の衣《びゃくえ》が、多時《しばらく》宙にかかったようになって、欄干の処に居た。
 広庭を一つ隔てた母屋の方では、宵の口から、今度暑中休暇で帰省した、牛込桐楊塾の娘たちに、内の小児《こども》、甥だの、姪だのが一所になった処へ、また小児同志の客があり、草深の一家《いっけ》も来、ヴァイオリンが聞える、洋琴《オルガン》が鳴る、唱歌を唄う――この人数《にんず》へ、もう一組。菅子の妹の辰子というのが、福井県の参事官へ去年《こぞ》の秋縁着いてもう児が出来た。その一組が当河野家へ来揃うと、この時だけは道子と共に、一族残らず、乳母小間使と子守を交ぜて、ざっと五十人ばかりの人数で、両親《ふたおや》がついて、かねてこれがために、清水港《みなと》に、三保に近く、田子の浦、久能山、江尻はもとより、興津《おきつ》、清見《きよみ》寺などへ、ぶらりと散歩が出来ようという地を選んだ、宏大な別荘の設《もうけ》が有って、例年必ずそこへ避暑する。一門の栄華を見よ、と英臣大夫妻、得意の時で、昨年は英吉だけ欠けたが、……今年も怪しい。そのかわり、新しく福井県の顕官が加わるのである……

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