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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 「……でござりましょう。先ず、この秋谷で、邸と申しますれば――そりゃ土蔵、白壁造、瓦屋根は、御方一軒ではござりませぬが、太閤様は秀吉公、黄門様は水戸様でのう、邸は鶴谷に帰《き》したもの。
 ところで一軒は御本宅、こりゃ村の草分でござりますが、もう一軒――喜十郎様が隠居所にお建てなされた、御別荘がござりましての。
 お金は十分、通い廊下に藤の花を咲《さか》しょうと、西洋窓に鸚鵡を飼おうと、見本は直き近い処にござりまして、思召《おぼしめし》通りじゃけれど、昔気質の堅い御仁、我ら式百姓に、別荘づくりは相応わしからぬ、とついこのさきの立石在に、昔からの大庄屋が土台ごと売物に出しました、瓦ばかりも小千両、大黒柱が二抱《ふたかか》え。平屋ながら天井が、高い処に照々《きらきら》して間数《まかず》十ばかりもござりますのを、牛車に積んで来て、背後《うしろ》に大《おおき》な森をひかえて、黒塗の門も立木の奥深う、巨寺《おおでら》のようにお建てなされて、東京の御修業さきから、御子息の喜太郎様が帰らっしゃりましたのに世を譲って、御夫婦一先ず御隠居が済みましけ。

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