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 『婦系図』 青空文庫

 病室の寝台に、うつらうつらしていた早瀬は、フト目が覚めたが……昨夜あたりから、歩行《ある》いて厠へ行かれるようになったので、もう看護婦も付いておらぬ。毎晩極《きま》ったように見舞ってくれた道子が、一昨日の夜の……あの時から、ふッつり来ないし、一寝入りして覚めた今は、昼間、菅子に逢ったのも、世を隔てたようで心寂しい。室内を横伝い、まだ何か便り無さそうだから、寝台の縁に手をかけて、腰を曲げるようにして出たが、扉《と》の外になると、もう自分でも足の確《たしか》なのが分って、両側のそちこちに、白い金盥《かなだらい》に昇汞《しょうこうすい》の薄桃色なのが、飛々の柱燈《はしらあかり》に見えるのを、気の毒らしく思うほど、気も爽然《さっぱり》して、通り過ぎた。

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