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 『婦系図』 青空文庫

 白昼凝って、尽《ことごと》く太陽の黄なるを包む、混沌《こんとん》たる雲の凝固《かたまり》とならんず光景《ありさま》。万有あわや死せんとす、と忌わしき使者《つかい》の早打、しっきりなく走るは鴉《からす》で。黒き礫《つぶて》のごとく、灰色の天狗《てんぐ》のごとく乱れ飛ぶ、とこれに驚かされたようになって、大波を打つのは海よ。その、山の根を畝《うね》り、岩に躍り、渚《なぎさ》に飜《かえ》って、沖を高く中空に動けるは、我ここに天地の間に充満《みちみち》たり、何物の怪しき影ぞ、円《まどか》なる太陽《ひ》の光を蔽うやとて、大玉の悩める面を、拭い洗わんと、苛立ち、悶え、憤れる状《さま》があったが、日の午に近き頃《ころおい》には、まさにその力尽き、骨萎《な》えて、また如何《いかん》ともするあたわざる風情して、この流動せる大偉人は、波を伏せ〓《しぶ》きを収めて、なよなよと拡げた蒼き綿のようになって、興津、江尻、清水をかけて、三保の岬、田子の浦、久能の浜に、音をも立てず倒れたのである。

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