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 『婦系図』 青空文庫

 田を行く時、白鷺が驚いて立った。村を出る時、小店の庭の松葉牡丹に、ちらちら一行の影がさした。聯《つらな》る車は、薄日なれば母衣《ほろ》を払って、手に手にさしかざしたいろいろの日傘に、あたかも五彩の絹を中空に吹き靡かしたごとく、死したる風も颯と涼しく、美女《たおやめ》たちの面を払って、久能の麓へ乗附けたが、途中では人一人、行脚の僧にも逢わなかったのである。
 蝕あり、変あり、兵あり、乱《みだれ》ある、魔に囲まれた今日の、日の城の黒雲を穿《うが》った抜穴の岩に、足がかりを刻んだ様な、久能の石段の下へ着くと、茶店は皆ひしひしと真夜中のごとく戸を鎖して、蜻蛉《とんぼう》も飛ばず。茶けた路ばかり、あかあかと月影を見るように、寂然《ひっそり》としているのを見て、大夫人が、

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