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 『婦系図』 青空文庫

 蝕あり、変あり、兵あり、乱《みだれ》ある、魔に囲まれた今日の、日の城の黒雲を穿《うが》った抜穴の岩に、足がかりを刻んだ様な、久能の石段の下へ着くと、茶店は皆ひしひしと真夜中のごとく戸を鎖して、蜻蛉《とんぼう》も飛ばず。白茶けた路ばかり、あかあかと月影を見るように、寂然《ひっそり》としているのを見て、大夫人が、
「野蛮だね。」
 と嘲笑《あざわら》って、車夫に指揮《さしず》して、一軒店を開けさして、少時《しばらく》休んで、支度が出来ると、帰りは船だから車は不残《のこらず》帰す事にして、さて大《おおい》なる花束の糸を解いて、縦に石段に投げかけた七人の裾袂、ひらひらと扇子を使うのが、さながら蝶のひらめくに似て、め組を後押えで、あの、石段にかかった。

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