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 『雛がたり』 青空文庫

 中戸《なかど》を開けて、土間をずッと奥へ、という娘《ねえ》さんの指図に任せて、古くて大きいその中戸を開けると、妙な建方《たてかた》、すぐに壁で、壁の窓からむこう土間の台所が見えながら、穴を抜けたように鉤の手に一つ曲って、暗い処をふっと出ると、上框《あがりかまち》に縁《えん》がついた、吃驚《びっくり》するほど広々とした茶の間。大々《だいだい》と炉《いろり》が切ってある。見事な事は、大名の一《ひと》たてぐらいは、楽に休めたろうと思う。薄暗い、古畳。寂《せき》として人気《ひとけ》がない。……猫もおらぬ。炉に火の気もなく、茶釜も見えぬ。
 遠くで、内井戸のの音が底《みなそこ》へ響いてポタン、と鳴る。不思議に風が留《や》んで寂寞《ひっそり》した。
 見上げた破風口《はふぐち》は峠ほど高し、とぼんと野原へ出たような気がして、縁《えん》に添いつつ中土間を、囲炉裡《いろり》の前を向うへ通ると、桃桜《ももさくら》溌《ぱっ》と輝くばかり、五壇《ごだん》一面の緋毛氈、やがて四畳半を充満《いっぱい》に雛、人形の数々。

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