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 『婦系図』 青空文庫

 勘助井戸の星を覗こうと、末の娘が真先《まっさき》に飜然《ひらり》と上って、続いて一人々々、名ある麗人の霊のごとく朦朧として露《あら》われた途端に、英臣はかねてその心構えをしたらしい、やにわに衣兜《かくし》から短銃《ピストル》を出して、衝《つ》と早瀬の胸を狙った。あわやと抱《いだ》き留めた惣助は刎倒《はねたお》されて転んだけれども、渠危《あやう》し、と一目見て、道子と菅子が、身を蔽いに、背《せな》より、胸より、ひしと主税を庇《かば》ったので、英臣は、面を背けて嘆息し、たちまち狙を外らすや否や、大夫人を射て、倒して、硝薬《しょうやく》の煙とともに、蝕する日の面を仰ぎつつ、この傲岸《ごうがん》なる統領は、自からその脳を貫いた。
 抱合って、目を見交わして、姉妹《きょうだい》の人《たおやめ》は、身を倒《さかさま》に崖に投じた。あわれ、蔦に蔓《かずら》に留《とど》まった、道子と菅子が色ある残懐《なごり》は、滅びたる世の海の底に、珊瑚の砕けしに異ならず。

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