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 『婦系図』 青空文庫

 その文学士河野に宛《あ》てたは。――英吉君……島山夫人が、才と色とをもって、君の為に早瀬を擒《とりこ》にしようとしたのは事実である。また我自から、道子が温良優順の質に乗じて、謀《はか》って情を迎えたのも事実である。けれども、そのいずれの操をも傷《きずつ》けぬ。双互にただ黙会したのに過ぎないから、乞う、両位の令妹のために、その淑徳を疑うことなかれ。特に君が堂の馬丁《ばてい》と不徳の事のごときは、あり触れた野人の風説に過ぎなかった。――事実でないのを確めたに就いて、我が最初の目的の達しられないのに失望したが、幸か、不幸か、浅間の社頭で逢った病者の名が、偶然貞造と云うのに便って、狂言して姉夫人を誘出《おびきだ》し得たのであった。従って、第四の令妹の事はもとより、毒薬の根も葉もないのを、深夜蛾《ひとりむし》が燈《ともしび》に斃《お》ちたのを見て、思い着いて、我が同類の万太と謀って、渠をして調えしめた毒薬を、我が手に薬の瓶に投じて、直ちに君の家厳に迫った。

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