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 『春昼後刻』 泉鏡花を読む

 一先づ帰宅して寐転ばうと思つたのであるが、久能谷を離れて街道を見ると、人の瀬を造つて、停車場へ押懸ける夥しさ。中には最う此処等から仮声をつかつて行く壮佼がある、浅黄の襦袢を膚脱で行く女房がある、其の演劇の恐ろしさ。大江山の段か何か知らず、迚も町へは寄附かれたものではない。
 で、路と一緒に、人通の横を切つて、田圃を抜けて来たのである。
 正面にくぎり正しい、雪白な霞を召した山の女王のましますばかり。見渡す限り海の色。浜に引上げた船や、畚や、馬秣のやうに散ばつたかじめの如き、いづれも海に対して、我は顔をするのではないから、固より馴れた目を遮りはせぬ。

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