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 『蛇くひ』 青空文庫

 西は神通川の堤防を以て劃《かぎり》とし、東は町尽《まちはづれ》の樹林境を為し、南《みなみ》は海に到りて尽き、北は立山《りふざん》の麓に終る。此間《このあひだ》十里見通しの原野にして、山水の佳景いふべからず。其《その》川幅最も広く、町に最も近く、野の稍《やゝ》狭き処を郷《がう》屋敷田畝と称へて、雲雀の巣猟《すあさり》、野草《のぐさ》摘《つみ》に妙なり。
 此処《こゝ》往時《むかし》北越名代の健児、佐々成政の別業の旧跡《あと》にして、今も残れる築山は小富士と呼びぬ。
 傍《かたへ》に一本、榎を植ゆ、年経る大樹鬱蒼と繁茂《しげ》りて、昼も梟の威を扶《たす》けて鴉に塒《ねぐら》を貸さず、夜陰人静まりて一陣の風枝を払へば、愁然たる声ありておうおうと唸《うめ》くが如し。

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