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 『歌行燈』 従吾所好

 いや、其の顔色に似合はない、気さくに巫山戯た江戸児でね。行年其の時六十歳を、三つと刻んだはをかしいが、数へ年のサバを算んで、私が代理に宿帳をつける時は、天地人とか何んとか言つて、禅の問答をするやうに、指を三本、ひよいと出してギロリと睨む……五十七歳とかけと云ふのさ。可いかね、其の気だもの……旅篭屋の女中が出てお給仕をする前では、阿父〈おとつ〉さんが大の禁句さ。……与一兵衛ぢやあるめえし、汝〈てめえ〉、定九郎のやうに呼ぶなえ、と唇を捻曲げて、叔父さんとも言はせねえ、兄さんと呼べ、との御意だね。
 此の叔父さんのお供だらう。道中の面さ。酒はよし、景色はよし、日和は続く。何処へ行つても女はふらない、師走の山路に、嫁菜が盛りで、然も大輪〈おほりん〉が咲いて居た。

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