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 『絵本の春』 青空文庫

「……かし本。――ろくでもない事を覚えて、此奴《こいつ》めが。こんな変な場処まで捜しまわるようでは、あすこ、ここ、町の本屋をあら方あらしたに違いない。道理こそ、お父《とっ》さんが大層な心配だ。……新坊、小母さんの膝《ひざ》の傍《そば》へ。――気をはっきりとしないか。ええ、あんな裏土塀の壊れ木戸に、かしほんの貼札《はりふだ》だ。……そんなものがあるものかよ。いまも現に、小母さんが、おや、新坊、何をしている、としばらく熟《じっ》と視《み》ていたが、そんなはり紙は気《け》も影もなかったよ。――何だとえ?……昼間来て見ると何にもない。……日の暮から、夜へ掛けてよく見えると。――それ、それ、それ見な、これ、新坊。坊が立っていた、あの土塀の中は、もう家《うち》が壊れて草ばかりだ、誰も居ないんだ。荒庭に古い祠《ほこら》が一つだけ残っている……」
 と言いかけて、ふと独《ひとり》で頷《うなず》いた。
「こいつ、学校で、勉強盛りに、親がわるいと言うのを聞かずに、夢中になって、余り凝るから魔が魅《さ》した。ある事だ。……枝の形、草の影でも、かし本の字に見える。新坊や、可恐《こわ》い処だ、あすこは可恐い処だよ。――聞きな。――おそろしくなって帰れなかったら、可《よ》い、可い、小母さんが、町の坂まで、この川土手を送ってやろう。

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