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 『雛がたり』 青空文庫

 背後《うしろ》の古襖《ふるぶすま》が半ば開いて、奥にも一つ見える小座敷に、また五壇の雛がある。不思議や、蒔絵《まきえ》の車、雛たちも、それこそ寸分違《たが》わない古郷《ふるさと》のそれに似た、と思わず伸上《のびあが》りながら、ふと心づくと、前の雛壇におわするのが、いずれも尋常《ただ》の形でない。雛は両方さしむかい、官女たちは、横顔やら、俯向いたの。お囃子《はやし》はぐるり、と寄って、鼓の調糸《しらべ》を緊めたり、解いたり、御殿火鉢《ごてんひばち》も楽屋の光景《ありさま》。
 私は吃驚《びっくり》して飛退《とびの》いた。
 敷居の外の、苔の生えた内井戸には、いま汲んだような釣瓶《つるべ》の雫、――背戸は桃もただ枝の中《うち》に、真黄色に咲いたのは連翹《れんぎょう》の花であった。

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