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 『春昼後刻』 泉鏡花を読む

 死骸は其の日終日見当らなかつたが、翌日しら/\あけの引潮に、去年の夏、庵室の客が溺れたとおなじ鳴鶴ケ岬の岩に上つた時は二人であつた。顔が玉のやうな乳房にくツついて、緋母衣がびつしより、其雪の腕にからんで、一人は美にして艶であつた。玉脇の妻は霊魂の行方が分つたのであらう。
 然らば、といつて、土手の下で、別れ際に、やゝ遠ざかつて、見返つた時――其紫の深張を帯のあたりで横にして、少し打傾いて、黒髪の頭おもげに見送つて居た姿を忘れぬ。どんなに潮に乱れたらう。渚の砂は、崩しても、積もる、くぼめば、たまる、音もせぬ。たゞ美しい骨が出る。貝の色は、日の、渚の雪、浪の緑。

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