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 『雛がたり』 青空文庫

 風はそのまま留んでいる。広い河原に霞が流れた。渡れば鞠子《まりこ》の宿《しゅく》と聞く……梅、若菜の句にも聞える。少し渡って見よう。橋詰《はしづめ》の、あの大樹《たいじゅ》の柳の枝のすらすらと浅翠《あさみどり》した下を通ると、樹の根に一枚、緋の毛氈を敷いて、四隅をしい河原の石で圧えてあった。雛市《ひないち》が立つらしい、が、絵合《えあわせ》の貝一つ、誰《たれ》もおらぬ。唯《と》、二、三町春の真昼に、人通りが一人もない。何故か憚られて、手を触れても見なかった。緋の毛氈は、何処のか座敷から柳の梢を倒《さかさま》に映る雛壇の影かも知れない。夢を見るように、橋へかかると、これも白い虹が来て群青の水を飲むようであった。あれあれ雀が飛ぶように、おさえの端の石がころころと動くと、柔《やわら》かい風に毛氈を捲いて、ひらひらと柳の下枝に搦む。

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