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 『絵本の春』 青空文庫

「酷《むご》たらしい話をするとお思いでない。――聞きな。さてとよ……生肝を取って、壺《つぼ》に入れて、組屋敷の陪臣《ばいしん》は、行水、嗽《うがい》に、身を潔《きよ》め、麻上下《あさがみしも》で、主人の邸へ持って行く。お傍医師《そばいしゃ》が心得て、……これだけの薬だもの、念のため、生肝を、生《しょう》のもので見せてからと、御前《ごぜん》で壺を開けるとな。……血肝《ちぎも》と思った真赤《まっか》なのが、糠袋《ぬかぶくろ》よ、なあ。麝香入《じゃこういり》の匂袋ででもある事か――坊は知るまい、女の膚身《はだみ》を湯で磨く……気取ったのは鶯《うぐいす》のふんが入る、糠袋が、それでも、殊勝に、思わせぶりに、びしょびしょぶよぶよと濡れて出た。いずれ、身勝手な――病《やまい》のために、女の生肝を取ろうとするような殿様だもの……またものは、帰って、腹を割《さ》いた婦《おんな》の死体をあらためる隙《ひま》もなしに、やあ、血みどれになって、まだ動いていまする、とおのが手足を、ばたばたと遣りながら、お目通《めどおり》、庭前《にわさき》で斬《き》られたのさ。
 いまの祠《ほこら》は……だけれど、その以前からあったというが、そのあとの邸だよ。もっとも、幾たびも代は替った。
 ――余りな話と思おうけれど、昔ばかりではないのだよ。現に、小母さんが覚えた、……ここへ一昨年《おととし》越して来た当座、――夏の、しらしらあけの事だ。――あの土塀の処に人だかりがあって、がやがや騒ぐので行ってみた。若い男が倒れていてな、……川向うの新地帰りで、――小母さんもちょっと見知っている、ちとたりないほどの色男なんだ――それが……医師《いしゃ》も駆附けて、身体《からだ》を検《しら》べると、あんぐり開けた、口一杯に、紅絹《もみ》の糠袋……」

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