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 『夜叉ヶ池』 青空文庫

晃 (百合を背後《うしろ》に庇《かば》い、利鎌《とがま》を逆手《さかて》に、大勢を睨《ね》めつけながら、落着いたる声にて)ああ、夜叉ヶ池へ――山路《やまみち》、三の一ばかり上った処で、峰裏幽《かすか》に、遠く池ある処と思うあたりで、小児《こども》をあやす、守唄の声が聞えた。……唄の声がこの月に、玉《しらたま》の露を繋《つな》いで、蓬《おどろ》の草も綾《あや》を織って、目に蒼《あお》く映ったと思え。……伴侶《つれ》が非常に感に打たれた。――山沢には三歳《みッつ》になる小児がある。……里心が出て堪えられん。月の夜路《よみち》に深山路《みやまじ》かけて、知らない他国に※[#「彳+淌のつくり」、unicode5F9C]※[#「彳+羊」、unicode5F89]《さまよ》うことはまた、来る年の首途《かどで》にしよう。帰り風が颯《さっ》と吹く、と身体《からだ》も寒くなったと云う。私もしきりに胸騒ぎがする。すぐに引返《ひっかえ》して帰ったんだよ。(と穏《おだやか》に、百合に向って言い果てると、すッと立って、瓢《ひさご》を逆《さかさ》に、月を仰いで、ごッと飲む。)

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