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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 此時座敷寂《しん》として由井が浜風陰々たり。障子の桟も見えずなり、天井は墨の如く四隅は暗く物凄く、人の顔のみやう/\仄《ほの》めさ、逢魔が時とぞなりにける。亭主は愈々心臆し、団扇にてはたはたと、腰の辺を煽ぎ立て、景気を附けて語りけるには、「丁度此時分用事あつて、雪の下を通り懸り、予て評判が高いので、怯気/\《びく/\》もので歩いて行くと、甲走《かんばし》つた婦人《をんな》の悲鳴が、青照山の谺に響いて……きい――きいつ。「あゝ、嫌否《いや》な声だ。「は――我ながら何ともいへぬ異変な声でございます。と泰助と顔を見合せ、亭主は膝下《ひざもと》までひたと摺寄り、「えゝ其が私は襟許から、氷を浴びたやうな気が致して、釘附けにされたやうに立止つて見ました。有様《ありやう》は腰ががくついて歩行《ある》けませなんだので。すると貴客《あなた》、城の高楼《たかどの》の北の方の小さな窓から、ぬうと出たのは婦人《をんな》の顔、色真蒼で頬面《ほうツぺた》は消えて無いといふほど瘠つこけて、髪の毛が此から此へ(ト仕方をして)かういふ風、ぱつちり開いた眼が、ぴかりとしたかと思ふと、魂消《たまぎ》つた声で、助けて――助けて――と叫びました。」

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