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『貝の穴に河童の居る事』 青空文庫
その杉を、右の方へ、山道が樹《こ》がくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱《はえみだ》れ、どくだみの香深く、薊《あざみ》が凄《すさま》じく咲き、野茨《のばら》の花の白いのも、時ならぬ黄昏《たそがれ》の仄明《ほのあか》るさに、人の目を迷わして、行手を遮る趣がある。梢《こずえ》に響く波の音、吹当つる浜風は、葎《むぐら》を渦に廻わして東西を失わす。この坂、いかばかり遠く続くぞ。谿《たに》深く、峰遥《はるか》ならんと思わせる。けれども、わずかに一町ばかり、はやく絶崖《がけ》の端へ出て、ここを魚見岬《うおみさき》とも言おう。町も海も一目に見渡さる、と、急に左へ折曲って、また石段が一個処ある。
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