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 『龍潭譚』 青空文庫

 わが思ふ処に違はず、堂の前を左にめぐりて少しゆきたる突あたりに小さき稲荷の社あり。青き旗、白き旗、二、三本その前に立ちて、うしろはただちに山の裾なる雑樹《ぞうき》斜めに生ひて、社の上を蔽ひたる、その下のをぐらき処、孔の如き空地《くうち》なるをソとめくばせしき。瞳は水のしたたるばかり斜《ななめ》にわが顔を見て動けるほどに、あきらかにその心ぞ読まれたる。
 さればいささかもためらはで、つかつかと社の裏をのぞき込む、鼻うつばかり冷たき風あり。落葉、朽葉堆くくさき土のにほひしたるのみ、人の気勢《けはい》もせで、頸《えり》もとの冷かなるに、と胸をつきて見返りたる、またたくまと思ふ彼の女《ひと》はハヤ見えざりき。何方《いずかた》にか去りけむ、暗くなりたり。

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