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『人魚の祠』 青空文庫
差渡《さしわた》し、池の最も広い、向うの汀に、こんもりと一本の柳が茂つて、其の緑の色を際立てて、背後《うしろ》に一叢《ひとむら》の森がある、中へ横雲を白くたなびかせて、もう一叢《ひとむら》、一段高く森が見える。うしろは、遠里の淡い靄を曳いた、なだらかな山なんです。――柳の奥に、葉を掛けて、小さな葭簀張《よしずばり》の茶店が見えて、横が街道、すぐに水田《みづた》で、水田のへりの流《ながれ》にも、はら/\燕子花《かきつばた》が咲いて居ます。此の方は、薄碧い、眉毛のやうな遠山でした。
唯《と》、沼が呼吸《いき》を吐《つ》くやうに、柳の根から森の裾、紫の花の上かけて、霞の如き夕靄がまはりへ一面に白く渡つて来ると、同じ雲が空から捲き下して、汀に濃く、梢に淡く、中ほどの枝を透かして靡きました。
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