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 『海神別荘』 華・成田屋

僧都  さればその事。一国、一島、津や浦の果から果を一網(ひとあみ)にもせい、人間夥間(なかま)が、大海原(おおうなばら)から取入れます獲ものというは、貝に溜った雫ほどにいささかなものでござっての、お腰元衆など思うてもみられまい、鉤の尖に虫を附けて雑魚(ざこ)一筋を釣るという仙人業をしまするよ。この度の娘の父は、さまでにもなけれども、小船一つで網を打つが、海月(くらげ)ほどにしょぼりと拡げて、泡にも足らぬ小魚を掬う。入ものが小さき故に、それが希望(のぞみ)を満しますに、手間の入(い)ること、何ともまだるい。鰯を育てて鯨にするより歯痒い段の行止り。(公子に向う)若様は御性急じゃ。早く彼が願(ねがい)を満たいて、誓の美女を取れ、と御意ある。よって、黒潮、潮の御手兵をちとばかり動かしましたわ。潮の剣は、炎の稲妻、黒潮の黒い旗は、黒雲の峰を築いて、沖から〓(どう)と浴びせたほどに、一浦(ひとうら)の津波となって、田畑も家も山へ流いた。片隅の美女の家へ、門背戸(かどせど)かけて、畳天井、一斉(いちどき)に、屋根の上の丘の腹まで運込みました儀でござったよ。

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