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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 人々ものを言ひ懸くれど、答は無くて、唯にこ/\と笑ふを見て、始め泰助は近隣の狂女ならむと見て取りつ、問へばさるものは無しといふ。今も猶懐中せる今朝の写真に心附けば、憔《やつ》れ果てて其面影は無けれども、気《け》ばかり肖《に》たる処あり。さては下枝の如何にしてか脱け出でて来しものにはあらずや。日夜折檻をせらるゝと聞けば、責苦にや疲れけむ、呼吸《いき》も苦しげに見ゆるぞかし。之《こ》は此儘に去《いな》し難しと、泰助は亭主に打向ひ、「何処か閑静な処へ寝さして、まあ/\気を落着かして遣るが可い。当家へ入つて来たのも、何かの縁であらうからと、勧むれば、亭主は気の好き男にて、一議も無く承引なし、「向側の行当《ゆきあたり》の部屋は、窓の外がすぐ墓原なので、お客がございませんから、幽霊でさへ無けりや、其へ連れて行つて介抱して遣はしませう。といひつゝ女房を見返りて、「おい、御女中をお連れ申して進ぜなさいと、命《いひ》つけれられて内儀は恐々《こは/゛\》手を曳いて導けば、怪しき婦人は逆らはず、素直に夫婦に従ひて、さも其情を謝するが如く秋波斜めに泰助を見返り/\、蹌踉《よろ/\》として出行きぬ。

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