検索結果詳細


 『春昼』 泉鏡花を読む

「けれども。其の囃子の音は、草一叢、樹立一畝出さへすれば、直き見えさうに聞えますので。二足が三足、五足が十足になつて段々深く入るほど――此処まで来たのに見ないで帰るも残惜い気もする上に、何んだか、旧へ帰るより、前へ出る方が路も明いかと思はれて、些と急足になると、路も大分上りになつて、ぐいと伸上るやうに、思ひ切つて真暗な中を、草を〓《むし》つて、身を退いて高い処へ。ぼんやり薄明るく、地ならしがしてあつて、心持、墓地の縄張の中ででもあるやうな、平な丘の上へ出ると、月は曇つて了つたか、それとも海へ落ちたかといふ、一方は今来た路で向うは崕、谷か、それとも浜辺かは、判然せぬが、底一面に靄がかゝつて、其の靄に、ぼうと遠方の火事のやうな色が映つて居て、篝でも焼いて居るかと、底澄んでく見える。其の辺に、太鼓が聞える、笛も吹く、ワアといふ人声がする。

 561/628 562/628 563/628


  [Index]