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 『高野聖』 泉鏡花を読む

 男瀧の方はうらはらで、石を砕き、地を貫く勢、堂々たる有様ぢや、之が二つ件の巌に当つて左右に分れて二筋となつて落ちるのが身に浸みて、女瀧の心を砕く姿は、男の膝に取ついて美女が泣いて身を震はすやうで、岸に居てさへ体がわなゝく、肉が躍る。況して此の水上は、昨日孤家の婦人と水を浴びた処と思ふと、気の所為か其の女瀧の中に絵のやうな彼の婦人の姿が歴々、と浮いて出ると巻込まれて、沈んだと思ふと又浮いて、千筋に乱るゝ水とともに其の膚が粉に砕けて、花片が散込むやうな。あなやと思ふと更に、もとの顔も、胸も、乳も、手足も全き姿となつて、浮いつ沈みつ、ぱツと刻まれ、あツと見る間に又あらはれる。私は耐らず真逆に瀧の中へ飛込んで、女瀧を確と抱いたとまで思つた。気がつくと男瀧の方はどう/\と地響打たせて、山彦を呼んで轟いて流れて居る。あゝ其の力を以て何故救はぬ、
儘よ。
 瀧に身を投げて死なうより、旧の孤家へ引返せ。汚らはしい欲のあればこそ恁うなつた上に躊躇するわ、其顔を見て声を聞けば、渠等夫婦が同衾するのに枕を竝べて差支へぬ、それでも汗になつて修行をして、坊主で果てるよりは余程の増ぢやと、思ひ切つて戻らうとして、石を放れて身を起した、背後から一ツ背中を叩いて、

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