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 『高野聖』 泉鏡花を読む

 瀧に身を投げて死なうより、旧の孤家へ引返せ。汚らはしい欲のあればこそ恁うなつた上に躊躇するわ、其顔を見て声を聞けば、渠等夫婦が同衾するのに枕を竝べて差支へぬ、それでも汗になつて修行をして、坊主で果てるよりは余程の増ぢやと、思ひ切つて戻らうとして、石を放れて身を起した、背後から一ツ背中を叩いて、
(やあ、御坊様。)といはれたから、時が時なり、心も心、後暗いので喫驚して見ると、閻王の使ではない、これが親仁。
 馬は売つたか、身軽になつて、小さな包みを肩にかけて、手に一尾の鯉の、鱗は金色なる、溌剌として尾の動きさうな、鮮しい、其丈三尺ばかりなのを、顋に藁を通して、ぶらりと提げて居た。何んにも言はず急にものもいはれないで瞻ると、親仁はぢつと顔を見たよ。然うしてにや/\と、又一通りの笑ひ方ではないて、薄気味の悪い北叟笑をして、

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