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 『春昼』 泉鏡花を読む

 通りすがりに考へつゝ、立離れた。面を圧して菜種の花。眩い日影を輝くばかり。左手の崕の緑なのも、向うの山の青いのも、偏に此の真黄色の、僅に限あるを語るに過ぎず。足許の細流や、一段颯と簾を落して流るゝさへ、なか/\に花の色を薄くはせぬ。
 あゝ目覚ましいと思ふ目に、ちらりと見たのみ、呉織文織は、恰も一枚の紙に、朦朧と描いた二個の其の姿を残して余を真黄色に塗つたやう。二人の衣服にも、手拭にも、襷にも、前垂にも、織つて居た其の機の色にも、聊も此の色のなかつただけ、一入鮮麗に明瞭に、脳中に描き出された。

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