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 『春昼』 泉鏡花を読む

 あゝ目覚ましいと思ふ目に、ちらりと見たのみ、呉織文織は、恰も一枚の白紙に、朦朧と描いた二個の其の姿を残して余白を真黄色に塗つたやう。二人の衣服にも、手拭にも、襷にも、前垂にも、織つて居た其の機の色にも、聊も此の色のなかつただけ、一入鮮麗に明瞭に、脳中に描き出された。
 勿論、描いた人物を判然と浮出させようとして、此の彩色で地を塗潰すのは、画の手段に取つて、是か、非か、功か、拙か、それは菜の花の預り知る処でない。
 うつとりするまで、眼前真黄色な中に、機織の姿の美しく宿つた時、若い婦女の衝と投げた梭の尖から、ひらりと燃えて、いま一人の足下を閃いて、輪になつて一ツ刎ねた、朱に金色を帯びた一條の線があつて、赫燿として眼を射て、流のふちなる草に飛んだが、火の消ゆるが如くやがて失せた。

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