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 『義血侠血』 青空文庫

 糸は生まれてより、いまだかかる最期の愴惻《あさましき》を見ざりしなり。かばかりおびただしき血汐! かかるあさましき最期! こはこれ何者の為業《しわざ》なるぞ。ここに立てるわが身のなせし業なり。われながら恐ろしきわが身かな、と糸は念《おも》えり。渠の心は再び得堪うまじく激動して、その身のいまや殺されんとするを免れんよりも、なお幾層の危うき、恐ろしき想いして、一秒もここにあるにあられず、出刃を投げ棄つるより早く、あとをも見ずしていっさんに走り出ずれば、心急《こころせ》くまま手水口の縁に横たわる躯《むくろ》のひややかなる脚に跌《つまず》きて、ずでんどうと庭前《にわさき》に転《まろ》び墜《お》ちぬ。渠は男の甦りたるかと想いて、心も消え消えに枝折門まで走れり。

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